金融機関の投資“助言”を信用するな!
「金融の専門家ならば、確実に儲ける方法を知っているんじゃないか? だったら、なんとかしてその方法を知ることはできないだろうか」
ド素人だった私たちが投資の世界に足を踏み入れたときに、最初に感じた疑問はこのようなものでした。大なり小なり、多くの人が同じようなことを感じたのではないでしょうか?
これを「どこかの誰かがウマいことやっている症候群」と名づけましょう。この病気は、投資だけでなく、結婚や恋愛や健康や子育てなど、人間の欲望がからむ生活のすべての局面で顔を出します。
証券会社の窓口に行くと、ちょっとやさぐれた感じのおじさんが、いろんな株やファンドを勧めてくれます(大手の証券会社の窓口は、最近は大半が女子社員になり、顧客から尋ねられないかぎり商品の推奨は行なわなくなりました。以前のヤクザっぽい雰囲気はすっかりなくなって、ちょっと寂しくなりました)。
この人たちはずっと株の世界で生きてきたわけですから、株式市場については私たちよりもずっと詳しいに違いありません。だとすれば、彼ら証券マンの勧める商品を買えば、確実に儲けることができるのでしょうか?
証券会社に口座を開設し、それなりの金額(証券会社にもよりますが、地場証券なら300万円〜1,000万円くらい)を預けると、担当の営業マンからいろんな電話がかかってくるようになります。その中には市場情報やインサイダー情報まがいのものもあって、「ここが買いのチャンス」だとか、「ここはいったん売ったほうがいい」とか、親切に教えてくれます。では、こうしたプロの情報に基づいて売買すれば、タイミングを誤ることはないのでしょうか?
さらには、毎日の新聞を見ると、証券会社や投信会社、銀行、生保、経済シンクタンクなどのエコノミストやストラテジストやアナリスト(経済全体の動きを予測するのがエコノミスト、それを受けて投資全体の戦略を考えるのがストラテジスト、個別の株式や債券を分析するのがアナリストで、この順番で偉いとされています)と称する人たちが、株価や為替・金利・景気動向などについてさまざまな予測を行なっています。
金融業界の知識階級に属する彼らこそ、最先端の経済理論と最新鋭の情報機器で武装した高学歴・高IQのエリートです。とういうことは、彼ら「マネーの神に仕える司祭たち」のお告げは、私たちに確実な富をもたらしてくれるのでしょうか?
こうした疑問はまだまだ膨らみます。
書店に行けば、株式投資に関する大量の雑誌や書籍が刊行されています。「株式評論家」の肩書きをもつ人や、「株で大成功した」と自称する人が書いた本もあります。こうした書籍を片っ端から買い求めて「投資に成功する方法」を実践したり、そこに書いてある「推奨株50」を片っ端から買っていけば、ボロ儲けが約束されるのでしょうか?
株価の売買タイミングを計るもっとも有名な指標に、移動平均線を使ったゴールデン・クロスとデッド・クロス(長期移動平均線と短期移動平均線が交差する点。短期線が長期線を下から上に突き抜けるのが買いのサインのゴールデン・クロス、上から下に突き抜けるのが売りのサインのデッド・クロス)があります。素人向けの株式投資の入門書には必ず、「株はゴールデン・クロスで買ってデッド・クロスで売りなさい」と書いてあります。
長短の移動平均線は、どんな株価チャートにも出ています。もしこの「法則」が正しければ、誰でも安く買って高く売れますから、あっという間に大金持ちになれるはずです。こうしたテクニカル分析の手法をマスターすれば、私たちも億万長者になれるのでしょうか?
あなたがもし株式投資の経験者で、なおかつこうした疑問をいちども感じたことがないとしたら、とても素直な性格の人だと思います。きっと、会社や友達の間でも人気者に違いありません。しかしその一方で、人の言うことをなんでも信じる騙されやすい人、という可能性もあります。一歩間違うと、ただのバカになりかねません(気をつけましょう)。
私たちは、投資について調べ始めてからずっと、この問題に悩まされてきました。なぜなら、ちょっと考えるだけで、すぐに次のような大きな謎が頭をもたげてくるからです。
株の世界の裏も表も知り尽くしたやさぐれ証券マンのおじさんは、なぜ自分のお金を投資して億万長者にならないのでしょうか?
どういう理由で、自分が大金持ちになる機会を捨ててまで、私たちのようなゴミ投資家に、親切に儲かる株や金融商品を教えてくれるのでしょうか?
それとも、くたびれた鼠色の背広を着た、ちょっと人生に疲れた感じのこのおじさんたちは、じつはみんな隠れた億万長者で、これ以上お金を儲けても仕方がないから、ボランティアで私たちのような貧乏人をお金持ちにしてくれているのでしょうか?
世界中から膨大なマーケット情報をリアルタイムで集め、素人にはとうてい理解できない難解かつ不可解な経済理論で手際よくそれらを料理していくエコノミストや、電話一本で大企業の社長や重役に自由に面会できる株式アナリストたちは、なぜ自分のお金を投資して億万長者にならずに、毎日朝早くから夜遅くまで働いているのでしょうか?
金融業界のエリートというのは、お金を儲けることよりも毎日ボロボロになるまで働くことに生き甲斐を感じる聖人君子の集まりか、あるいは精神的マゾヒストの集団なのでしょうか?
あるいは、「1億円儲かる方法」を私たちに教えてくれる株式評論家の方々は、なぜ自ら億万長者にならずにシコシコと原稿なんか書いているのでしょうか?
それとも実は、この人たちはとっくの昔に億万長者になっていて、金持ちの道楽でゴミ投資家のための福音書を書いてくれているのでしょうか?
このように考えると、日本には私たちの知らないところに、無数の億万長者がいることになります。きっと彼らは、自らの高貴な身分をひた隠し、証券マンや評論家やサラリーマンに身をやつして、市井のゴミ投資家のために力を尽くしてくれているのでしょう。まるで、時代劇の「遠山の金さん」みたいな話です。人心の荒廃した現代社会にも、兜町や丸の内の金融街に人知れずたくさんの遠山の金さんがいるとすれば、こんなに心強いことはありません。
しかし、ほんとうにこんな夢のような世界が存在するのでしょうか?
ところで、今までなぜか、こうした疑問を口にする人はほとんどいませんでした。
こんな不思議な現象を、誰もなんとも思わないのでしょうか?
それともこれは、口にしてはいけない疑問なのでしょうか?
投資の世界には、さまざまな神話や伝説が満ち満ちています。
兜町を牛耳る“ガリバー”野村證券は、自らの力で自由自在に相場をつくり出すことができるといわれています。ウォール街に君臨するゴールドマン・サックスやモルガン・スタンレーなどの投資銀行は、無からゴールドを生み出す錬金術を知っているとされています。さらには、世界帝国アメリカを支配するロックフェラー家やモルガン家のような大富豪、「地球の支配者」であるロスチャイルド家のようなユダヤ財閥は、世界中から莫大な富を収奪しつづけていると考える人もいます。
このような神話や伝説のうち、どこまでが真実で、どこからが「陰謀論」なのかは、もちろん私たちにはわかりません。しかし時おり、こうした神話の世界から金メッキが剥がれ落ちることがあります。
かつて、『現代の眼』という新左翼雑誌が、大学生の間で熱心に読まれていた時期がありました。最盛期は70年代でしょうが、たしか80年代初めくらいまでは、大学周辺の書店に並べられていたように思います。日本の政・官・財界に巣食う権力者たちを駆逐し、大学とアカデミズムの解体を要求し、閉塞した日本社会をアメリカ帝国主義のくびきから解放し、来るべき世界共産革命の起爆剤となることを声高に主張したこの雑誌の発行人は、大物総会屋として知られた故・木島力也でした。木島は旧第一銀行のトップと親しく、その関係を利用して合併後の第一勧業銀行の経営陣に深く食い込み、株主総会を一手に仕切ってトップの人事を左右するまでに至ります。この木島の巨大な利権を引き継いだのが、売り出し中の新進総会屋・小池隆一でした。
小池は木島の“呪縛”を利用して、第一勧銀から総額117億円もの不正融資を引き出します。そしてその金を、野村・大和・日興・山一などの大手証券会社に預け、一任勘定で利益を出すことを要求しました。「運用はお前に任せるから、とにかく利益を出してくれ」という取引です。
日本の金融業界を壊滅寸前に追い込んだこの事件についてはこれまでに多くの検証がなされていますが、しかし語り尽くされたように思えるこの事件にも、実はまだ奇妙な謎が残っています。
多くの逮捕者を出した「総会屋利益供与事件」は、小池隆一から一任勘定で資金を預かった4大証券会社のいずれもが株式売買でまったく利益をあげられなかったばかりか、逆に運用の失敗で大きな穴を開けてしまい、利益の付け替えや贈賄によって損失を補填せざるを得なくなったことが発端になりました。しかし考えてみれば、これはずいぶんと不思議な話です。
野村證券の当時の社長・酒巻英雄は、“証券界のドン”田淵節也元会長の復権を実現させるために、小池隆一に株主総会を仕切ってもらうよう自ら依頼し、その見返りに利益の提供を約束したとされています。田淵元会長は、東急電鉄株にからむ故・石井進稲川会2代目会長の仕手戦に全社を挙げて協力した責任を問われて、取締役の座を手放さざるをえなくなっていたのです(日本最大の証券会社が暴力団組長の下働きをしていたのですから、これもまた恐ろしい話です)。いうなれば野村證券にとって、自社の最高幹部を復権させてくれる小池隆一は、何があっても絶対に損させてはならない超VIP顧客だったわけです。
そのため社長の酒巻は、小池隆一の口座を、野村の証券取引部門の最高責任者であるエクイティ本部担当常務に任せました。高卒で入社し、実力だけで野村の経営陣にまで上り詰めた立志伝中の人物で、株の世界の裏も表も知り尽くした、まさにプロ中のプロです。投資の元金は、小池が第一勧銀から不正融資で引き出した30億円。
バブル時代の「英雄」たちの一人であるこの常務は、期待にたがわず一時は2億5,000万円もの利益を小池の口座にもたらしますが、その後は泥沼にはまってしまいます。検察側の調書によれば、すかいらーく株や横浜ゴム、NTT株などで次々と損失を出し、最後は一発逆転を狙って日経225の先物取引に手を出しますがこれも大失敗して、最終的には挽回不能の3億8,500万円もの大穴を開けてしまいます。たった数カ月で、元金を10%以上も減らしてしまったのです。
そこで社長の酒巻は、損失補填以外に小池との約束を守る方法はないと判断し、自己取引で買い付けた株式の利益を付け替えて6,500万円を捻出しますが、こんな小手先の手段では損失額を埋めるにはほど遠く、けっきょく、子会社の野村ファイナンスから3億2,000万円の裏金をジュラルミンのケースに詰めて運び込み、野村證券本社の総務課応接室で小池に手渡すことになります(酒巻は後に、国会でこの出来事を「組織ぐるみの犯行ではなか」と問われ、「残念ながら個人ぐるみです」という迷言を残しました)。
証券会社にとっては、顧客に利益を約束して一任勘定で資産を運用すること自体が違法行為ですが、仮に運用が成功していれば巨額の裏金を捻出する必要もなく、あれほど大きなスキャンダルにはならなかったかもしれません。しかし、日本最強の営業部隊を率いる野村證券のトップたちは、相場の下落の前になすすべもなく損失を積み重ね、刑務所の重い扉が待つ破滅への坂道を一直線に転がり落ちていきました。上昇相場でなければ利益が上げられないのなら、私たち素人となんの違いもありません。
こうした事情は、他の証券会社も大なり小なり同じです。山一證券に至っては、バブル崩壊後に生じた簿外債務をけっきょく2,600億円にまで膨らませ、自主廃業せざるをえなくなってしまいました。自力で損を取り返すどころか、かえって傷口を広げて、市場から消滅してしまったのです。
バブル崩壊後のこうしたさまざまな事実から考えられる結論は、ただひとつしかありません。要するに、日本の金融機関にはもともと資産運用能力などなかったのです。運用に失敗して刑務所行きになったり、会社を破滅させたりするのでは、素人以下と言われても仕方ありません。
しかしいまだに、多くの人がそんな金融機関の“助言”を頼りにしています。「資産運用コンサルタント業務」などと言って、さらに押し付けがましく“助言”してくれる金融機関も増えてきました。
実に不思議な話です。
*2000年2月執筆。「ノムラ日本株戦略株ファンド」のDMや電話営業がガンガンきて、証券会社に行けば、はじめて投信を買うような顧客に「絶対儲かるとは言えませんが、野村グループが総力を挙げて運用するファンドです」などと偉そうに商品説明していました。それを横目で見ながら、「そんなウマイ話はないだろう」と思っていましたが、案の定、ベンチマークを大きく下回り、営業トークにつられて投資した人はみんな大損しました。
『ゴミ投資家のためのインターネット投資術入門』より
2000年3月25日
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