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 元弁護士に対する課税処分裁判についての追記

(第6章「人生設計としての海外投資」)

※事件の概要

 課税処分取消し訴訟の原告である元弁護士は、2000年12月にシンガポールに転出し、01年1月に保有する株式を約18億9000万円で売却。04年4月に日本に転入した際に、株式の売却益について所得税の確定申告をしていないとして、同年6月、国税庁により無申告加算税を含め約4億1000万円の課税処分を下された。

 これを不服として起こされた訴訟で東京地裁は、「(シンガポール転出を)偽装と考える余地もあるが、住居や職業、資産の所在地などを総合的に判断すれば、国内に居住していたとはいえない」として2007年9月14日、元弁護士の請求を認めて課税処分を取り消し、国側が上告していた。

 元弁護士がシンガポールに転出後に株式を売却して得た利益約4億1,000万円の課税処分について、2008年2月28日に東京高裁が国税の控訴を棄却した。同じ東京高裁は同年1月、武富士元会長の長男に対する一審判決を取り消し、国側の逆転勝訴としているから、今回は逆の決定が下されたことになる。

 ここでは高裁判決に基づき、(1)職業活動、(2)親族の状況、(3) 家財道具や個人資産、(4)居住の実態について武富士訴訟との相違点を見ていこう。

(1) 職業活動

 元弁護士には当時、インターネットでの日本株のトレーディング以外にさしたる職業活動はなかった。国税は、シンガポールに居住することがオンライントレーディングに必須とはいえないと主張したが、かといって日本国内に居住する必要がある職業であるとも言えず、判決では退けられた(元弁護士はシンガポールの投資会社と顧問契約を結び、投資助言を受ける目的があったと主張した)。

 それに対して武富士訴訟では、長男は当事武富士の取締役で、元会長の後継者として経営の意思決定に加わっていたと認定された。

(2) 親族の状況

 元弁護士にも、武富士元会長の長男にも、国内に配偶者など生計を一にする親族はいなかった。

(3) 家財道具や個人資産

 元弁護士は個人・法人名義等で東京都内に居宅とワンルームマンション、新潟(湯沢)と山梨(鳴沢)にリゾートマンションと山林・居宅を所有しており、それをもって国税は日本国内に居住する必要があったと主張したが、判決では「シンガポールに居住しながら管理することが困難とまでは言えない」とされた。

 武富士の元長男は、株式や預金など資産の99.9%を日本国内で保有していた。

(4) 居住の実態

 ふたつの裁判で最大の争点になったのが居所=住所である。日本国の居住者であるためには、国内に住所を有しなければならないからだ。

 武富士訴訟におていは、高裁は元会長の長男の住所を、「生活全体から見れば」東京・杉並の実家であると認定した。日本に帰国した際には必ず実家に戻り、居室は家財道具を含め出国前の状態で維持され、本人が帰国すれば従前と同様の状態でそのまま使用できる状態にあったからだ。

 それに対して元弁護士が所有・関与する国内の不動産は賃貸に出されるか(都内の物件)、居住の事実がなく(リゾートマンション)、居住者であるとすれば居所=住所がどこになるかが問題となった。

 一審で国税は、元弁護士が賃借契約を結んでいた都内の事務所を居所と主張したが、生活の実態がないと退けられた。そこで二審では、帰国時に定宿としていた東京全日空ホテルや宿泊施設付スポーツクラブが居所であるとの論理を展開した。

 所得税基本通達2-2は、一時的な出国における居住者の扱いについて次のように規定する。

「国内に居所を有していた者が国外に赴き再び入国した場合において、国外に赴いていた期間中、国内に配偶者その他生活を一にする親族を残し、再入国後起居する予定の家屋若しくはホテルの一室等を保有し、又は生活用動産を預託している事実があるなど、明らかにその国外に赴いた目的が一時的なものであると認められるときは、当該在外期間中も引き続き国内に居所を有するものとして(略)法の規定を適用する」

 これをもとに国税は、居所とは「人が多少の期間継続している場所」であり、滞在期間の長短を問わずホテルの1室であっても居所たり得るとした。

 それに対して高裁判決では、「(ホテル等に)一定期間継続して宿泊していた場合に、同所をもって居所と認める余地はある」としたものの、「(元弁護士が)シンガポール等へ出国した在外期間中において、ホテルを居住場所として保有していたということはできない」としてこの主張を退けている。

 所得税基本通達が述べているのは長期契約などでホテルの部屋を使用している場合で、不定期で短期の宿泊まで居所=住所と見なすことはできないとの常識的な判断を高裁は下した。この判決が確定すれば、「生活全体から見た」住所を国内に有しない者を居住者と認定して課税することは困難になるであろう。

2008/3/4

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